彗星の魔法


 

 自分が寝ている時に、これは夢であるということを自覚する瞬間がある。

 支離滅裂であったり、常識では考えられないという意味ではなく、また、夢の中の主人公としてではなく、第三者的な視点で冷めた目線で夢を見ることがある。

 それは、過去の出来事を夢に見るとき―――。

 霧雨魔理沙は、自分を呼ぶ声で夢の世界から覚醒する。不思議とはっきりとした感覚があり、本当に目覚めたのかと思ったが、言う事を聞かない自分の体がここが現実であると主張する。

「大丈夫? うなされてたみたいだけど?」

 そう言って顔を覗き込んでくるのは、アリス・マーガトロイド。何でこいつが私の部屋に居るのかと思ったが、よく見ればここは自分の部屋ではない。アリスの部屋だった。

「一体な…」

 起き上がろうとして手首に走る激痛に顔をしかめる。今になって痛みを自覚するが、手首だけでなく、全身から鈍痛が襲ってくる。

「ぐぁ…」

「無理しないの。あの高さから叩き落されれば当然よ。…ていうかその程度で済んでるあなたを本当に人間なのか疑いたくなるわ…」

「ふ…このスカートがバリバリの空気抵抗になったに違いない」

「なにその面白い機能! 弱ってる時ぐらい普通の受け答えしなさい!」

 アリスの言葉にだんだん記憶が戻ってくる。

 そう、確か竹林で霊夢に逢って…


 

「やっと見つけたわ!」

「うおっと?」

 満月がおかしいなどと言うアリスに付き合って、優雅な真夜中の散歩をしていると、竹林で霊夢に出くわした。

「なんだ、霊夢も夜中の散歩か? あんまりいい趣味とはいえんな。こんな竹薮じゃ星も見えないぞ?」

「はっ! 夜がおかしいから出てきてみれば…あんたらの仕業だったのね」

「ちょっと! 言いがかりは…」

「あちゃーばれたか」

「! 魔理沙!」

 言いがかりだと文句をつけようとしたアリスは、遮ってとんでもないことを言い出す魔理沙を睨んだ。

「どういうつもりよ!」

「落ち着けアリス。ここで言い合っても時間の無駄だ。霊夢は自分の勘を疑わないからな。あいつにとっちゃ『4面でボスと中ボスが一緒に出てきた』ぐらいの認識しかないさ」

「な、なるほど…」

 逆の立場だったらそう思うからな。私は。

「…でも、なんか機嫌悪そうじゃない?」

「どうせこんな夜中まで起きてるから眠気でイライラしてるんだろ。あいつああ見えて規則正しい生活してるからな」

「私の生活はどうでもいいでしょ!」

 おお、地獄耳…。

「…というわけで、相手してやるよ、霊夢!」

「あら、光栄ね? できれば相手せずに帰ってくれれば私もすぐ寝れるんだけど?」

「残念ながら私たちの夜のデートを邪魔した罪は重いぜ?」

「な…ッ!」

 横でアリスが赤面する。霊夢に隙を作ろうとしたのに、何でお前が動揺するんだ。

「それはごめんなさい…ねッ!」

 謝罪と同時に札が飛んでくる。有無を言わさず仕掛けるつもりだったくせによく言うぜと、避けながら考える。

「おいアリス! まともに相手してたら持たない! こちとらさっきまで言いがかりつけてきた半獣とやってたんだからな…攻撃は最小限で避けることに専念しろ!」

「分かってる…わよッ!」

 アリスは上海人形を前面に押し出し、弾を放ちながら弾幕を避ける。一見自動で動いているかのように見える上海人形だが、その実アリスは手元の糸をせわしなく操っている。

 と、霊夢が陰陽玉をばら撒く。見た目も大きく、スピードも遅いので難なくかわすことが出来る。むしろ、その間を縫うように放たれる通常弾の方が避けづらい…

「お、おい!」

 陰陽玉を避けきったところで後方のアリスを見れば、人形の操作に気を取られていて初動が遅れたのか、陰陽玉を前に硬直していた。あの位置ではどうやっても弾を避けられない。

「ちぃッ!」

 一か八か…スペルカードを撃とうとして、懐に手を入れた瞬間、アリスが信じられない言葉を言い放った。

「魔符『アーティフルサクリファイス』!」

「は…?」

 いきなりのスペルカード宣言。アリスを中心に二本の輪が広がり、収束する。

 確かに今のはいい使い方だ。緊急避難という意味合いで申し分ない。けど…できれば…

「一言言っ…」

「! ま、魔理沙――――!」

 側頭部に鈍い衝撃を覚え、魔理沙は箒から滑り落ちた。

 その顔は、笑顔だったらしい。


 

「全く…なんで決闘中に後ろ向いたりするのかな?」

「……」

 それはお前のことを心配して、と魔理沙は言おうとしたが、どうにもそんなテンションになれない。

「ちょっと魔理沙? 大丈夫? どこか痛いの?」

「ん。ああ、いや。そういうのじゃないんだ。懐かしい夢を見てな」

「夢?」

「私が、魔法使いになった時の夢だ」

 そう魔理沙が口にした瞬間、隣に座っていたアリスの顔が凍った気がした。

 魔理沙は、魔法使いという種族ではない。あくまで人間と言う種族の中の魔法使いである。アリスは魔法使いという種族でありながら、人間とも多くの交流を持つ魔女である。

 だから分かる。魔理沙が魔法使いであるという『異端』が。普通の人間が、魔法使いという道を選ぶ特異さが

 現に魔理沙は実家から勘当扱いを受けており、こうして魔法の森に住んでいる。年端もかないような少女が一人暮らしをしてまで魔法使いを目指す理由。なにがあったのか興味がないといえば嘘になる。だがしかし、それを興味本位で尋ねてよいものかとアリスが思案をめぐらしていると、ぷっと魔理沙が吹き出した。

「なんて顔してるんだお前…」

「な、なによ? 私がどういう顔してようが私の勝手じゃない」

「そりゃそうだ。だがまあ、怪我人の前でするような顔じゃないのは確かだな?」

 そう言って目を細めて笑う魔理沙には、普段どおりの陽気さしか感じない。アリスは一つ息を吐いて切り出した。

「訊いても、いいかしら? あなたが魔法使いを目指す理由、なにがあったのかを?」

「……」

 笑顔を潜めて、一瞬だけ下を向いた魔理沙は、懐かしむように言う。

「私の母上は、魔法使いだったんだ…」


 

 母親が魔法使いである。

 その事実を知ったのは、私がまだ小さいころだった。

 近所の子供達からはやし立てられたのが直接の原因だったと思う。自らの部屋からほとんど出てこない母上のことを、何か悪口を言われたのを覚えている。

 確かに母上は、一日の大半を部屋に篭る事で過ごしていた。家の家事は奉公に来ていた使用人がやってくれていたので、私や親父は不便に感じることはなかったのだが、親父は魔法に傾倒していた母上をよく思っていなかった。出不精も相まって、母上が言葉を交わしていたのは、私と、変わり者の霖之助だけだった。

 そんな母上だったけど、私が部屋に遊びに行くと快く迎えてくれて、小さな魔法をよく見せてくれていた。母上の魔法を見ながら、霖之助の淹れてくれたあまり美味しくないお茶を飲む。それが私の、一番の楽しみだった。


 

「うわぁ…すごい!」

 目の前のガラス球の中の水が縦横無尽に動き回るさまを見て、私は思わず声を上げていた。生きているかのようなその動きに、釘付けになっていた。

「ねぇねぇ。かあさま? どうやったらこんな風に出来るの?」

「ふふ…それはね、水の気持ちを聞くのよ」

「水の…気持ち?」

「そう。魔理沙は水は何で流れるか知ってるかしら?」

「?」

「水はね、高いところから低いところに流れていくの。だけどそれは、流れているんじゃなくて、流されているの。水だって、たまには低いところから高いところに流れてみたいのよ」

「…う、ん?」

「まぁ、魔理沙にはちょっと難しいお話だったかしらね。そうね、お母さんは水の気持ちを聞いて、水が流れたい方向に流れていけるようにお手伝いしているだけなのよ」

「へぇ…すごいんだねかあさま!」

 母上は笑顔がよく似合う人だった。

 だけど私は、母上が立ち上がった姿を、ついぞ見たことがなかった。

 椅子に座りながら、変わらない笑顔で私を見ていた母上は、思えばあの時、すでに立ち上がって歩き回ることさえ出来ない体だったに違いないと今になって思う。

 そんな母上が倒れたのは、必然の出来事だったのかもしれない。


 

「かあさま! かあさま!」

 私が駆けつけたときは、もう手も動かせないような状態だった。

「ま…り、さ?」

 まぶたも開かず、頭さえも動かせないような状態でうわ言の様に母上は呟く。私が手を握る傍らでは、親父が仁王立ちして腕を組んでいたのを覚えている。

「大丈夫なの…かあさま、大丈夫だよね?」

「……」

 険しい顔で母上を見ている親父は、私の言葉など聞こえなかったかのように表情を固めたまま、微動だにしなかった。それは厳格であると同時に冷酷とも取れる表情。子供心に、声をかけるのをためらった記憶がある。

 弱弱しくも手を握り返してきた母上は、やはり目を開けることなく、しかし笑顔を浮かべてくれていた。目を細めた、いつもの笑顔だった。

 一体いつまでそうしていただろう。話しかけることもせず、ただただ母上の手を両手で握っている時が続いた。数分だったか、数時間だったか。時間の感覚が麻痺した中で、親父が一言、もう休め、と言った。私は霖之助に自分の部屋に連れて行かれ、ぼおっとした頭でベッドに腰掛けていたら、いつの間にか眠りに落ちていた。

 次に目が覚めたとき、母上はもうこの世にはいなかった。


 

 当時はただその事実の認識に時間がかかって、夜だ葬式だと忙しく駆け回る人たちを冷めた目で見ていた。喪服を着せられて参列していても、一体なにをしているのか分からなかった。分からない年ではなかったはずなのに、頭がその事実についていけなかったんだと思う。

 だから、涙が全く出なかった。母上の眠ったような顔を見たときも、空に立ち上る煙を見ているときも、実感が沸かなかった。

 でも、現実に母上はいなくて、ノックをしても返事をしない母上の部屋を見るたびに、だんだんとその『悲しみ』が体を蝕んでいった。それでも決して涙を流すことはなく、そういう意味で私はとっくに壊れていたのかもしれない。

 それからしばらくして、霖之助が突然、店を出ると言い始めた。


 

「魔理沙お嬢様、お世話になりました」

 そう言って頭を下げる霖之助に、私は戸惑ったように言う。

「霖之助までいなくなるの? どうして?」

「私は、もうここにいる意味をなくしました」

「?」

「奥様がなくなられた今、私はここにいることは出来ません。もともと、そういう約束でしたから」

 霖之助は、厳密には使用人ではなかった。母上が自身の魔法の助手にと雇った人間であった。その母上がいなくなった今、彼がここにいなければならない理由はなく、かねてからの希望であった自分の店を始めるのだという。

「そう…がんばってね」

「お嬢様」

 力なく答えを返す私を、見かねたように霖之助は口を開く。一瞬、表情に迷いが出たが、かまわないとばかりに強い口調で言った。

「お嬢様、母上が亡くなられたことは確かに悲しいことです。あなたは強いから、ついぞ人の前で涙を流すことはなかった。ですが時には、自分の気持ちを人に知ってもらうのも重要なことなのです」

「……」

 正直、呆気にとられた。

 私は自分が強い人間だなんて思ったことはなかったし、何より霖之助がこんなに饒舌に喋っているところをはじめて見た。

「お嬢様と奥様はそっくりです。ご自分の想いを隠して、他の人には決して立ち入らせない…。別に間違っているなどと言う気はありません。ですが、誤解を誤解のまま終わらせておくなんて…」

 霖之助はそこではっと何かに気づいたかのように言葉を切り、自分の言葉を覆い隠すようにあわてて言った。

「話が過ぎました。忘れてください」

「ううん…ありがとう…」

「…私は、魔法の森の入り口で店を開きます。縁があったら、おいでください」

 そういうと、霖之助は、私の家を出て行った。

 その翌日、私は母上の部屋から、大きな黒い帽子と少しの本を借りて、家を飛び出した。


 


 

「……」

「……」

 奇妙な沈黙が二人の間に落ちる。魔理沙が雰囲気たっぷりに椅子にかけてある帽子を見つめている。

「ま、そんな夢だ」

 そう魔理沙が告げた瞬間、アリスはついていた肘のバランスを崩してずっこける。魔理沙の話を聞いていて感じたすべてのものが吹っ飛んだ瞬間だった。

「いやいやいやいや! 肝心の部分抜けてるわよ! 何よりあなたが魔法使い目指してる理由がこれっぽっちも伝わってこなかったわよ!」

「なんだ? 理解力のない奴だな…」

「えぇ! 今の私が悪いの?」

「せっかく私が臨場感たっぷりに、『次回へ続く!』みたいなノリで語ってやったと言うのに」

「次回ってなに! ていうか肝心な部分は次回なの?」

「次回第23話『魔理沙の過去・後編』! 少女の心が背負ったものは…」

「いいから! 次回ナレーションとかいいから! そしてなんか話数的に最終回へのフラグっぽい!」

「そうさ。これから魔理沙は新必殺技を覚えて巨悪に立ち向かうのだ」

「うわあベタベタだ! スピンオフ展開での必殺技習得は時系列的に無理があると思うんだけど!」

「そこはそれ。制作上の都合だ」

「何の話よおぉぉぉ!」

 アリスの必死な突っ込みに笑みがこぼれる。ひとしきり笑った後にぼそりと言う。

「まあ、母上の見た世界が見てみたかったのさ。魔法使いの見る世界ってのをな」

「…ふぅん」

 魔理沙はそういうとまた遠い目をして今度は窓の外を見やる。外はもう夜の帳は鳴りを潜め、白い色が黒を塗りつぶそうとしている。

「それで? 一体これからどうするつもり?」

 その話は終わりだと言わんばかりに、アリスはつとめて明るい言葉で言った。

「どうするって…そもそも連れ出したのはお前だろう? どうするんだよ?」

「私は異変さえ解決すれば別に誰がやったって問題ないのよね…。霊夢も動くでしょうし、こちらから無理に動くことは…」

「なるほど」

 あなたも怪我してるし、と続けようとしたアリスの言葉は、ベッドの上から起き上がった魔理沙の言葉で遮られる。

「それじゃあ暇なんだよな。ちょっと付き合え」

「付き合え、って、だからまだ体が…」

「なに。こんなもん普通に生活する分には困らない。いいから行くぞ」

「行くって、どこに?」

 立ち上がり、椅子にかけてあった帽子と箒をつかんだ魔理沙は、帽子のつばを傾けて、ニヒルに笑ってこう言った。

「必殺技を身につけて、巨悪に立ちむかいに行くのさ」


 

「で、なんでここにいるんだ君達」

 店に入ってきて、商品を物色しているまでは無視していた。が、勝手に応接セットに座り込み、煎餅をむさぼり、あまつさえお茶を要求してきたところで霖之助は観念して声をかけた。

「相変わらずごちゃごちゃしてるな…あそこ引っこ抜いたら崩れてくるんじゃないのか?」

「大体のものは下にあるものが抜かれれば崩れてくるように出来ている! だからなんなんだ君達。暇つぶしなら神社に行きたまえ」

「そうよ魔理沙。何でまた香霖堂なんかに。このガラクタの中に必殺技があるの?」

「ガ、ガラクタ…」

「まあそう言うなアリス。この火炉だって、元はこいつにもらったもんなんだ」

 そう言ってポケットから取り出したのは、魔理沙がいつも持ち歩いている小型の火炉だった。

「そうなの? …意外と役に立つ物も置いてるのね…」

「意外とはなんだね! そこ! 勝手にお茶を入れるな!」

 二人が座っているかと思いきや、ふわふわと上海人形が水場に向かっていく。それを目の端で捉えた霖之助は鋭く突っ込む。ちっとアリスが舌打ちをして動きを止めた。

「だぁあ! 一体何しにきたんだ! 商売の邪魔だから帰ってくれないか!」

「商売なんかする気もないくせによく言うぜ…」

「そうね。値札もなければ在庫もない。これ、店として成り立ってるのかしら?」

「君達は何か。僕の商売にダメ出しするために来たのか?」

 どっと疲れたという風に肩を落とす霖之助に、魔理沙は一呼吸おいてから、しかし、妙に通る声で言った。

「いや、受け取りに来た」


 

 アリスは何か頼んでいたものがあるのかしらと思い、構わずにソファに腰掛けていたが、霖之助と魔理沙の間に流れるただならぬ空気に気づく。

「……」

「え…?」

 どうしたのと声をかけようとするも、目線で何かを語る二人は、すでにアリスのことなど眼中にない。数秒の沈黙の後、口を開いたのは霖之助だった。

「受け取りに、か。断るといったら?」

「別に構わんさ。『借りて』いく事実に変更はないんだし。それがちょっと手間かどうかの話さ」

「世間ではそれを借りるとは言わないとは思うが…」

 苦笑しながら霖之助は店の奥へと姿を消す。霖之助がいなくなり、空気が弛緩すると、アリスは戸惑ったように魔理沙に尋ねる。

「ど、どういうこと? 受け取るって、なにを?」

「ん? ああ、まあ、ちょっとした忘れ物、さ」

 その魔理沙の言い草に、これ以上訊くのも気が引けたアリスは、黙ってソファに身を沈める。

 しばらくして店の奥から出てきた霖之助の手には、一冊の本があった。本といっても薄いもので、使い込まれてぼろぼろになっている。それを一度カウンターに置くと、

「しかし、何で僕が持ってるって分かったんだい?」

「部屋を探してもでてこなかったからな。親父が知っているわけもないし、あの部屋に出入りしていたのは私以外には、お前ぐらいのものだしな」

「まあ、そうだね…」

 そう言って、その本を複雑な眼差しで見る。

「…本当に持っていくのかい?」

「香霖が持ってても仕方ないものだろう? 別に所有権を主張するわけじゃないけど、私にしちゃ、香霖が持って行った事の方が不思議だよ」

「僕のはただの興味本位さ。けど君がこれを読むと言う行為は…」

「分かってる。皆まで言うな。その上での話だよ」

 話についていけないアリスは二人の会話から断片的な情報を整理する。霖之助さんが興味本位で持っているもので、魔理沙にとっては違う…?

「…ふう。出来れば僕は、君にこれを渡したくはないんだけどね」

「……」

「だけどそれは僕個人のわがままだ。本来これは僕が持つべきものじゃない。…それに、ここで断って、後で店を荒らされるのも嫌だしね」

「じゃあ…」

「…譲るよ。不本意ながら。全く…」

 この親にしてこの子あり…と霖之助は小さく呟く。

 そして、魔理沙はその本を受け取るや否や、一心不乱に中を読み始める。無言の空間に魔理沙が紙をめくる音だけが時が進んでいることを教えてくれる。

 アリスはこれでも魔理沙とはそれなりの付き合いがある。だが、今目の前にいる少女は彼女の知っている魔理沙ではなかった。

 魔理沙は周囲の人間と違って直線的である。明朗快活、喜怒哀をはっきりと表に出し、実にさばさばとしているとアリスは思っている。だが、今何かの本を読んでいる彼女からは、感情が読み取れなかった。ただそこにあるのは、あまり魔理沙には似つかわしくない、実直と言えるほどの真剣さ。

 その普段とは違う魔理沙の姿にアリスは声を発することも出来ず、ただその姿を眺めていることしか出来ない。それは霖之助も同じなようで、魔理沙を見つめる彼は、じっと彼女を捉えていた。

 何分経っただろうか。一通り読み終わったのか、魔理沙はその本を閉じる。と、同時に、大きな声で笑い出した。

「あっはっはっは!」

「ま、魔理沙?」

 一体どうしたと言うのか。いきなり豹変した彼女の姿を見てアリスは焦る。

「どうしたの? 何が書いてあるのよその本?」

「っはっはっはあ…はぁ。いやすまん。ちょっとな。なるほど。さすがだな…」

「……」

 呆気にとられるアリスは、まだ腹の底に笑いが残っているかのように口元を緩めている魔理沙をどうしたものかと眺める。

「…っと。こうしちゃいられないな…。香霖、ありがとな!」

「礼を言われる覚えはないけどね…」

「いや、親父のことだ。あのまま残してたら処分してたかもしれない。香霖が持ち出してくれたおかげさ」

「……」

「よし、それじゃあ早速試してみるか…邪魔したな!」

「あ、え! ま、魔理沙!」

 勢いよく扉をあけて出て行く魔理沙に、完全に出遅れる。あの調子だ。どこへ行ったかなんて見当もつかない。仕方なく家に戻ろうかとも思ったが、霖之助の顔を見てアリスは思い直す。

「? 行かなくていいのかい?」

「魔理沙の行き先なんて見当もつかないわ。それよりも…」

 改めてソファに腰掛けて霖之助を見る。

「なんで魔法使いの持ち物を人間のあなたが持っていたのか教えてもらえないかしら?」

「!」

 霖之助のまぶたがぴくっと動いたのを、アリスは見逃さなかった。


 

 魔法使いの英知は門外不出である。

 親から子へ、子から孫へ、魔法使いの経験は受け継がれる。

 魔法使いには時間がない。自分が生きているうちに自分が望んだ研究結果が実を結ぶなどとは夢にも思わない。だから信用できる次代の魔法使いに、自分のすべてを譲り渡す。

 ある魔法使いの跡を継ぐということは、その魔法使いに連なるすべての魔法使いの遺志を継ぐということである。

 それは言葉では到底表せるものではない。あるものは自らの意思を物に憑依させ、あるものは智識を血に埋めた。理由はどうあれ、魔法使いが自らの持つ智識を他人に渡すという行為は、すべからく重い。

 だから、アリスは霖之助に言いようのない不信感を抱いていた。彼女は主観だけで物事を捉えたりはしない。彼にも理由があるのかもしれないが、魔法使いの暗黙のルールを侵すならば、それなりの覚悟が必要なのだ。


 

 テーブルの上に湯気の立つお茶が置かれる。黙々とお茶を淹れていた霖之助が無言でソファに座ると、一口お茶を飲み、口を開いた。

「さっきのノート、何か分かったのかい?」

「大方、魔理沙のお母さんのものでしょう。紙の痛み具合から見ても、そこまで古いものじゃなかったし。中身は恐らく、彼女が研究していた研究成果…」

「…。どこまで聞いている? 奥様…魔理沙の母親について」

「魔法使いで、すでに他界していること、そしてそれが魔理沙が魔法使いになった理由だってところぐらいかしら」

 その答えをどう捉えたのか、しばらくの間沈黙した霖之助は、どこか諦めたように口を開いた。

「その通り。あれは奥様が書き残したメモ書きみたいなものだ」

「霖之助さんは…魔法使いなの?」

 魔法使いの持ち物がただの人間に渡されるなど聞いたことがない。ましてやそれは魔法使い自身が書き残した智識そのもの。

「いや、確かに僕は魔法についての心得はあるが…魔法使いではない」

「じゃあなんで!」

「…奥様の、遺志だよ」

「…それじゃあ、魔理沙のお母さんがあなたに託したの?」

「正確には違うが…そうだな。魔法使いの君には説明しなければならないのかもしれないな」

 あまり口外するものでもないんだがね、と霖之助は前置いて話し始める。

「さて、どこから話したものか…。君は奥様についてどこまで知っている?」

「魔法使いで…、病弱だったみたいね。詳しくは知らないけど、若くして亡くなったんじゃないかしら?」

「その通りだ。では、奥様が得意としていた魔法は知っているかな?」

「得意な、魔法?」

 アリスは魔理沙の話を思い出す。特にこれといって得意な魔法の話はしていなかったように思う。魔理沙が話していたのは水の魔法の話だが…。

「得意な魔法については聞いてなかったわね。水を回す魔法の話は聞いていたけど」

「…それを聞いて、何か思うところはないかね?」

「え? 水の魔法のこと?」

「ああ」

「…別におかしくはないんじゃないかしら? 水を特定空間で操作する魔法は基本的なものだし。魔法使いとしてはできない方が珍しいことよ?」

 事実、アリスとてその程度のことは出来る。パチュリーのように、それを専門としている魔法使いには敵わないが、魔理沙の言っていた、容器の中で水を回転させる事ぐらいならば朝飯前だ。

「まあ、魔法使いならばそうなんだろう。…君は、奥様が魔法使いだと思うかね?」

「は?」

 霖之助の問いが理解できない。水を操ったことや、魔理沙の話からしても彼女の母親が魔法使いだという点は疑いようもない。

「当たり前じゃないの。ただの人間でも魔法を使えば魔法使いよ」

「…訊き方が悪かったな。奥様は、種族として魔法使いなのか、職業として魔法使いなのかと言う話だ」

 通常、魔法使いの区別とは自然への干渉と使用する魔法の種類によってなされる。

 魔理沙のような職業としての魔法使いは、魔法を使う際に何らかの触媒を使用する。それは薬品だったり火炉だったりと多種多様だが、要するに人間の身には魔力が宿ることはなく、物の力を借りることで魔法を使うのだ。

 対してアリスやパチュリーのような種族としての魔法使いは自身の魔力を使って、自然に対して渉を行う。アリスは人形を物理法則に逆らって操り、パチュリーは七曜の魔女の名のごとく、自然現象を精霊を使って具現化する。人間と違い、魔法を使うときに触媒は必ずしも必要ではない。使用するのは自分の魔力だからだ。

 魔理沙の母親は水を操っていた。狭い容器の中とはいえ、水を操作するには自然に干渉する力が必要になる。その意味から言って

「種族が魔法使い、……なんでしょ?」

 言った瞬間、アリスは自分の言葉に違和感を覚える。

「そう。奥様は種族として魔法使いだった」

 霖之助はアリスの言葉を肯定する。だがしかし、アリスは考える。この違和感の正体は…?

「…霖之助さん。一つ…いいかしら?」

「なんだね?」

「魔理沙のお母さん、失礼だけど享年は?」

「……42だ」

「! そんな馬鹿な!」

「…事実だ」

「何で! 魔法使いがそんな短命なはず…!」

 そこまで言ってアリスは一つの可能性に思い当たる。

「まさか…そんな」

「…さすがは本職だね。僕が言う前に答えにたどり着いたか」

「倫転術…」


 

 呆然と呟いたその言葉を、だがしかしアリスは自分で信じられない。

 でも、魔法使いが他者の手によらずにその歳で命を落とす理由が見つからない。

 倫転術とは、自らの寿命を糧に他者の闇を消す魔法であり、禁忌とされる魔法の一つだ。闇とはもののたとえで、例えば傷、病、記憶、形なき物を消す魔法である。

 その原理はアリスとて良く知らない。呟いてはみたが、今の今までそんな魔法が存在するなんて半信半疑であった。一説には悪魔との契約によってなされる術だとも言われる。

「まさか実在していたなんて…」

「僕も奥様から聞かされるまでは半信半疑だったのだが、状況が状況だからな。信じるしかなかった」

 霖之助が言うには、その魔法が禁忌と謳われる最大の理由は、その代償と範囲にあると言う。自らの命を糧にする上に、その対象を消すことが出来る。それは文字通り消すのであって、癒すこととは異なる。

 存在そのものを消し去る魔法は、その事象があったと言う事実そのものを消し去る。

 当然、関わるすべての事象が捻じ曲げられるため、大きな力のひずみが生じる。

 だがアリスは、否応なく多くの人の記憶に影響を与えるその魔法は、長い間封印が施されてきたと神綺に聞いたことがある。

「…おそらく、別物だろう」

「え?」

「無論、元は同じものだったのだろう。偶然にも魔法の基礎原理を見つけた奥様は、自身で魔法として昇華させたと聞いている」

「そ、そんな馬鹿な…禁呪レベルの魔法を個人が? しかもそんな若いのに…」

「まあ、僕も奥様から聞かされた話だからね…」

「…え、ってことは…」

 さっき魔理沙が持ち出したあのノートには…!

 急いで立ち上がろうとするアリスを、霖之助は手で制す。

「さっきのノートには特別なことは書かれていない。何より、今の魔理沙じゃ扱えない」

「そ、それもそうね…」

 人間である魔理沙にはあの魔法は使えない。そう言われればそうだと思いなおす。

 だがしかし、そうなるとその魔法を記したものはまだ霖之助が持っている…?

「…そう睨まないでくれないか。僕は魔法に関するものはあのノートしか持っていないよ」

「なんですって?」

「奥様は、その魔法については一切口を開かなかったし…一切の記録も取ってないそうだ」

「は? そ、そんな馬鹿な…魔法使いが自分の生きた証を残さずにこの世を去ることが、どれだけ自分の存在を否定しているか分かってるの?」

「あいにくと僕は魔法使いじゃないんでそれは知らないけど…」

「…それが本当なら、類を見ないレベルの変人ね…」

 アリスは呆れたように嘆息する。

「一体何のために生きたのかしら? 魔法を完成させたのはすごいけど、その副作用で早死に。記録も残してないんじゃ…」

「あまり死者を侮辱するものじゃないよ。それに、何も残してないわけじゃないさ」

「……何に使ったの?」

「……」

「魔法を完成させたということは、その力を実際に使って何かを消した証拠。一体何を消したというの?」

「何を消したかは…詳しくは僕も知らない。ただ、消した後に残ったものは、今でもあるよ」

「消した後に、残ったもの?」

「ああ。君は奥様を魔法使い失格だといったが、確かにその通りなのかもしれない。あの人は最後まで、魔法使いではなかった」

「……」

「あの人は死ぬ間際まで、いや、死んでからも、母親だったんだと思うよ」

「…それって…」

 二人の間に気まずい沈黙が下りる。

 霖之助の言わんとするところはアリスにも分かる。つまりは魔法は魔理沙に使われたのだろう。魔理沙に何があったのかは分からないが、少なくとも人の手に余る何かを魔理沙は背負っていた。

 それを消すために、魔理沙の母親は魔法を使ったんだろう。いや、もしかすれば魔理沙がそういう状態だったからこそ魔法使いになったのかもしれない。

「魔理沙は…奥様に似てない」

「……」

「僕が奥様に出会ったのは、魔理沙が生まれてからだけど、まったく似ているところが思い浮かばない。笑い方も、歩き方も、喋り方も。ほんと、どうやったらこんなに似ない親子がいるのだろうかといつも思うよ」

「でも、目を離せないのでしょう?」

「ああ。唯一似ているところさ。安心して見ていられないんだよ」

 霖之助は苦笑いを浮かべた。

「…事情は分かったわ。でも、なんで私にそれを話してくれたのかしら? 聞いといて言うのもなんだけど、他人に話すべき様なことじゃないと思うのだけど?」

「まあ、気まぐれじゃないかな? 別に秘密にしていないし、魔理沙はそんなことがあったなんて知らないはずだ」

「だったらなおさらじゃない! なんで魔理沙に話さないの?」

「話して…どうなる?」

「ッ!」

「僕は旦那様…魔理沙のお父さんから、娘の様子を見守って欲しいと頼まれた。当然断ったがね。胸中は分かる。魔理沙に、自分の妻と同じ道を歩んで欲しくないんだろう。だが悲しいかな、魔理沙は確実にその道を歩んでいる」

「確かに親としちゃ穏やかじゃないでしょうけど…」

「旦那様は奥様の魔法のことを知っている。魔理沙に嫌われてでも、魔法から彼女を遠ざけたかったんだろう。…こうなった今では、旦那様の存在は魔理沙を意固地にさせるだけだから、放任してるんだと思う」

「そんな…」

「魔理沙にその話をしたとして…素直に家に帰るとは思えないから。それに…」

 一拍置いてから、霖之助は口を開く。

「奥様がそれを望んでない…と思うからかな。僕の勝手な想像だけどね」

「え?」

「…僕が君に話したのは、魔理沙が大きな決断をせざるをえない時に、多分そこに僕がいないからだよ」

「…」

「話すも話さないも、いつ話すのかも君の自由だ。僕はこれ以上は話さないし、二度とこのことは口にしない。君がどうするかは、君で決めるんだ」

「…卑怯なのね」

「訊いてきたのは君の方だ」

 笑いながらそう言う霖之助をみて、仕方ないと肩をひそめたアリスは、最後に一つ、訊いておかなくてはならないことがあるのを思い出し、口を開いた。

「最後に一つ、いいかしら?」

「…なんだい? これ以上は喋らないといったはずだけど?」

「ケチくさいこといわないでよ。魔理沙が持っていったあのノート、結局何が書かれているの?」

「ああ、そのことか―――」

 霖之助が言った言葉に、アリスは一瞬呆気に取られ、そして思い出すように笑顔になるのだった。


 


 

 アリスは家に帰ってくると、魔理沙が散らかしたベッドを片付け始めた。一瞬だけ魔理沙が寝ていたことが頭をよぎるが、頭を振ってその情報を追い出した。今夜も寝れないなんて勘弁だ。

 ベッを片付けながら、夕飯はどうしようかと考える。霖之助のところから帰ってきたら、もう夕方近かった。魔理沙はどうせ日が落ちると同時に飛び込んでくるだろうから、今から食べるのは無理だと悟り、下ごしらえだけでもしておこうと思う。

 シチューを作ろうとして人参の皮を剥き、ブロッコリーを洗う。そういえば、魔理沙がいつだったかブロッコリーはキャベツの突然変異で出来たとか言っていたが、どうせ付くならもう少しうまい嘘をつけばいいと思う。

 ジャガイモを手に取り、皮をむきながら何気なく窓の外を見ると、そこには見慣れた黒い少女がいた。

(やっぱり来たのね…)

 魔理沙が来るという予感というよりも、確信に近いものを抱いていたアリスは、出迎えようと思って振り返り、そして足を止める。

(今何か…構えてなかった?)

 大体地上に降りているのに、いまだ箒にまたがったまま玄関に矛先を向けている理由が理解できない。

 見間違いであって欲しいと祈りながら振り返ると同時に、轟音がアリスの家を襲った。

「な、なななな! 何! 一体何?」

 玄関から一直線に伸びる破壊の跡。幸い人形は巻き込まれなかったみたいだが、階段の一部とクローゼットが全壊している。

 呆然としてそれを眺めるアリスに、場違いな高笑いが声をかける。攻撃が通過したその先から現れるのは、

「あーっはっはっはっはっは! 悪かったな! どうだ! 私の新必殺技!」

「…とりあえず、何で問答無用で私の家を吹っ飛ばしたのか説明をいただけるかしら?」

「いや、風通しが悪そうだったからな、お前の家」

「家中に茸生やしてるあんたの家より格段に風通しはいいわよ!」

「んじゃあ、模様替え?」

「模様替え? すでに改築レベルよこれ! ていうかなんで疑問系なのよ!」

「ちぇ…なんだよ、新しい技をアリスに一番に見せてやりたかったんだよ」

「ッ!」

 しおれて見せたその表情に一瞬アリスが固まる。だが、一瞬で持ち直した。

「技見せることと私の家を破壊することがどう関連性を持つのよ!」

「あちゃー。はぐらかせなかったか…」

「ああ?」

 反省する様子のない笑顔に怒りがしぼんでいく。どうしてだろうか。傍若無人に家を壊されても、この笑顔の前には問題じゃないように思えてくる。

「…それで? 一体何の用よ? 人の家壊しといて…大した用事じゃなかったら容赦しないからね」

「んー。散歩でも行かないか? 昨日の続きだ」

「…この夜がおかしいのは相変わらずだけど、昨日私たちを倒したのに異変が収まらないのは霊夢も分かってるはずよ。朝にも言ったけど、今日は別に私たちが行かなくてもいいわ」

「まあ、それはそうだな…」

「でも…」

「ああ、やられっぱなしは、性に合わないよな?」

 二人は視線を交わして口元を持ち上げる。

 そして、魔理沙の箒の後ろにまたがったアリスは、常闇に溶ける魔理沙の背中に問う。


「ねえ、あのノート、何が書いてあったの?」

―――あのノートは奥様が残した、願いの残滓だ。

「あ? さっき見せただろう?」

 ―――奥様がまだ、人間だった頃に書き残した、魔理沙のための奥様の魔法。

「早すぎて見えなかったわよ! せめてやる前に一言かけてからやりなさいよ!」

 ―――魔理沙の闇を消したいその一心で作った、星を作る魔法。

「その身、迅く速くして一瞬の輝きを増す」

 ―――奥様は、願いたかったんだろう。

「夜空を駆けしその身は、闇より生まれ闇に還る」

 ―――星を作ってしまうなんて、さすが魔理沙の母親だといわざるを得ないがね。

「尾を引きし刹那の燐光」


 ―――ブレイジング・スター。



 魔理沙と霖之助の声が重なる。

 アリスは思う。見たこともない魔理沙の母親は、一体今の魔理沙をどんな目で見るだろうか。魔理沙でさえ知らない秘密を知ってしまった私をどう思うだろうか。

 思うことはたくさんあった。霖之助の話もあれがすべてではないだろう。嘘は言っていないがすべてを話しているとは思い難い。

 だが。

 ノートを見たときの魔理沙の笑顔。

 玄関を壊した時の魔理沙の笑顔。

 間違ったことをしているつもりは、多分ない。

 元が人の道を外れた魔法使い。別に咎められる理由もないが。

 あの話は―――

「……ん?」

 肌に感じる風が強くなるのを感じて、アリスは目を開く。と、同時に、自分達が淡い燐光を放っていることに気がつく。

「え? ちょっと…」

 まさか。

「悪い。さっきので、スペルカード宣言扱いになっちまったらしい」

 ご丁寧に後ろを向いて舌を出す魔理沙を見て、アリスは魔法の森中に聞こえるような声量で叫ぶ。

「魔理沙の…」

 ぐん、と更に加速する。舌を噛むかもしれない。でもアリスは止まらない。

「馬鹿ああああああああああああああああああああああああああああああッ!」

 常闇に、アリスの悲鳴が吸い込まれていった。




 



FIN

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